[肩を並べて In Spring //4]
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「水島琉希(みずしま・るき)っておまえの親戚?」
 五月に入って教室の窓から見える桜は葉桜となり、緑の木漏れ日をアスファルトに注いでいる。窓際の特等席に座ったメノウは春のやさしい光に当たり、ぬくぬくと昼寝をしようとしている所だった。見覚えのない男子から話しかけられ、面倒に思いながらも体を起こす。
「そうだけど」
「すっげー可愛いよな。な、紹介しろよ」
「紹介も何も、オレがまずおまえのこと知らないんだけど」
「……」
 肩を落とした男子の後ろから現れたタカオが「どんまい」と彼の肩を叩いた。
「タカちゃんこいつのこと知ってるの?」
「知ってるのって水泳部のヤツじゃん。メノウの方が知ってるだろ?」
 メノウはまじまじと男子の顔を見た。浅黒い顔に黒ぶちの眼鏡……眼鏡?
「ちょっと眼鏡取ってみてもらってもいい?」
 彼はにやにや笑いながら眼鏡を取った。
「これでわかった?」
 にやにやと笑い続ける彼の顔を見て、メノウは頭を抱えた。
「速見か……! なんだよその眼鏡、いつもしてないだろ」
 速見良治(はやみ・りょうじ)は腹を抱えて笑い出した。
「本田が、水島は眼鏡を掛けただけで人の顔がわからなくなるっていうからさ。試してみようと思って。でもまさかライバルの顔までわからなくなるとは。おまえある意味すごいな」
「うるさい! オレは眼鏡を掛けてる人と掛けてない人別々のカテゴリに入れて覚えてるんだよ!」
「それってめんどくさくない?」
「いや、無意識だから別に」
「その話いいからさぁ。めでたく俺がおまえの永遠のライバル、速見良治だってわかったところで、水島さんに紹介してくれ」
 メノウはちらりと後ろを振り返った。窓際から二列目の一番後ろに座った美少女は、黙々と弁当を食べている。黒くぬめるような髪をきっちりとみつ編みにして後ろに垂らし、背筋を伸ばして座っている様は凍りついた水面をイメージさせる。
「あの子、メノウの従妹だって言ってたけど、この辺の子じゃないよね」
「うん。S市から出てきたんだ。オレもあんまり会った記憶とかない」
 水島琉希はメノウの父方の従妹にあたる。小中一貫教育の学校から夕が丘に進学したのは、いままで住んでいた海辺のS市を出るためだと彼女はメノウの母に説明した。
「海から離れたくて」
 そう言って苦笑した彼女は今、水島家で暮らしている。
 タカオは逡巡した後、小声でメノウに訊いた。
「ルキさんがメノウの家にいること、小笠原さんには言ったんだよね。何て?」
「それが、『へー、そうなんだ』で片付けられた」
 普通は彼氏が親戚の子とはいえ女の子が同棲してるって聞いたら彼女の方は穏やかではいられないものではないだろうかと思いつつも、まぁアキだからなとメノウはため息をついた。
「ここはやっぱもう一回、キスとかしてみた方がいいのかなー」
「え、おまえあの彼女とまだ切れてなかったの?」
 リョウジが身を乗り出した。タカオも目を見開いている。
「唇……奪い返してないの?」
「なんかその言い方恥ずかしい!」
 髪をかき乱してメノウは赤面した。その様子を見た友人二人は、顔を見合わせてひそひそと密談を始める。
「なぁ……あいつほんとに高校生?」
「ああ……俺もメノウがこんなにオクテだとは知らなかった。かまってもらえないとかいいつつ彼女の部屋ぐらい入ったことあると思ってたのに」
「え、ないの? 一年も付き合って?」
「自分の部屋に入れたのも二回だけで、何もしなかったって」
「何も?」「何も」
 リョウジは深く息をついた。
「よくわかった。水島さんの前におまえだ、おまえがなんとかなるのが先だ」
「なんとかって?」
「まずはキスぐらいしろ、てぇかさっさとや」
「はい今お昼時だからリョウジ君」
 タカオに口を封じられたリョウジとにこにこ笑うタカオを交互に見て、メノウは口を開く。
「……キスってする前にキスしていい? って訊くべきかな?」
 タカオから開放されたリョウジがにやりと笑った。
「そういうのは言葉にするぐらいなら目で語れ」
「目?」
「で、キスしたまま押し倒」
「はいそこまでー。……ま、頑張れよ」
 釈然としないままうなずいたメノウにチャイムが昼休みの終わりを告げた。

2008.03.13


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