● だいじょうぶ、って。 紅葉狩りツアー帰りの団体客の間を縫うようにしてプラットフォームに向かう。いつもの定位置で単語帳を熱心に見ていた一人の女子高校生がこちらを向いて微笑んだ。初めて会った時よりも半年分髪が伸びて、さらに大人っぽい雰囲気になっている。 「部活、お疲れ様」 「サトさんも予備校お疲れ様」 ひとつ年上ということを抜きにしても、俺の彼女は落ち着いている。その上なかなか思っていることを言ってくれないから、俺はいつもその微笑みを見つめることしかできないのだけれど。 「……ねぇサトさん、ちゃんと寝てる?」 今日は目の下にうっすらと浮いた隈を見つけて思わず訊いてしまった。 「うん、大丈夫」 どうせ訊いても笑顔ではぐらかされてしまうのだけれども。 「それより、先週末に模試があったでしょ。二、三年合同の模試だから、同じデータがくるね」 「うっ」 思わず目をそらすと、サトさんは笑みを深くして、 「楽しみだね。ヨシ君結構成績いい方なんでしょ?」 「勘弁してよ、俺の学校サトさんトコより頭悪いんだからさー」 くすくすと笑う顔に少しだけほっとする。本格的な受験シーズンに入り、まだ二年生の俺も周りからのプレッシャーを感じるようになった。受験生である彼女がずっと背負っているものが少しだけ見えて、改めて彼女の強さを思う。 しばらく会わない、という言葉が彼女から出るのを、俺はずっと覚悟していた。 電車の一両目に乗り込み、いつも通りサトさんが鞄を膝の上に乗せて単語帳をしまうのを見て言う。 「いいよ、そのまま読んでて」 こちらを向いた彼女の顔には、やはり焦りと疲れが見えた。 「ずっと訊かないできたんだけどさ」 それでもまっすぐに俺を見るサトさんの目を見られずにうつむく。 「サトさん、俺といるの負担じゃない?」 鞄の中にあった右手が何も取らずに鞄の上に置かれて、ささくれができた指同士が戸惑うように重ねられた。 「……ヨシ君……」 困ったように名前を呼ばれて、失敗を悟る。 いや、禁句だとわかっていたはずだった。それでも口にしてしまったのは、否定してほしかったからで。 「ごめん、何でもない。忘れて」 安心したいからってこんなことを言うなんてただの甘えだ。負担にならないようにと決めたのは自分なのに。 「ヨシ君」 ふわり、と頬を柔らかい髪が撫でて、制服越しに彼女の体温を感じる。 「大丈夫だよ」 だいじょうぶ、って。そんなはずない。 ぎゅっと抱きしめられて、俺はさらに後悔した。前よりも細い感触が彼女の状況を見かけ以上に物語っている。 「ヨシ君と会える時間が、私を支えてるんだよ」 優しい声が胸に痛くて、結局何も言えないまま時間が過ぎ。 彼女と会うことができないテスト期間に入ってしまった。
copyright(c)Choco Lemon All rights reserved.
|
|||