● 身体のラインを見つめてた。 電車が走り込んでくるプラットホームの、黄色い線の内側に背筋を伸ばして立っているひと。 いつも身体のラインを見つめていた。夕日に染まる髪も、白いシャツも、大切そうに開いた本も、すべてが綺麗だ。 視線を奪われたままぼうっとしていると、隣にいた男が俺の目の前で手を振った。 「おーい、河村。戻ってこーい」 無視して手を退けると、今度は視線を指でなぞられた。 「あー、あのコ? 私立じゃん。どっかのお嬢様かな。いい脚してんなー」 「ちょ、違うって。その指やめろよ」 「青いリボンタイってことは三年? そうか、河村は年上フェチだったんだな」 「フェチとかいうな。それより電車来てるぞいいのか?」 親友というより悪友と呼ぶのがふさわしい七瀬透は、向かいのプラットホームから出る反対方面の電車を利用している。 「いいのいいの、どうせまだ出発しないし。それよりもおれはあのコが気になるな。いいプロポーションしてたし。さすが河村」 「なんかその言い方おかしいだろ。別に関係ないし」 「隠さなくてもいいのに。あ、同じ車両に乗れば?」 「だから違っ……あーもー、わかったって」 さすがに同じ車両には乗らなかったが、隣の車両からこっそりとみると、彼女は楽しそうに本を読んでいた。 「読書好きか。気は合いそうだ」 「七瀬が読むのは美少女系のライトノベルだろ」 つっこみをいれたら七瀬はにやりと笑って眼鏡を直す。 「おれじゃなくておまえの方だよ。文学少年」 俺はため息をついた。英語科に進んだ俺は四月早々大量の課題に苦しむこととなり、いつも図書館に入り浸っていた。近くにある市立図書館の自習机は、館内の資料を使用する場合しか使えなくて、俺はいつもカモフラージュのために日本文学全集を机の上に積んで置いたのだ。毎週同じ場所で文学全集を積み上げて勉強している俺を見つけた同郷の友人が、俺のことをふざけて『文学少年』などと呼ぶようになってから、俺は文学作品に詳しい人間なのだという誤った認識が広がってしまった。確かに課題に詰まるとぱらぱらと読んだりはしたが、『どんぐりとやまねこ』ぐらいしか最後までたどり着いていない。 「ああ、でも『銀河鉄道の夜』くらいは読もうかな……」 呟いた言葉に七瀬は苦笑して俺の頭を小突いた。 「精々頑張れよ」 大人びた横顔に浮かぶ微笑みが、俺に向けられる日は来るのだろうか。 そんなことを頭の隅で考えていた、ある初夏の日。
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