● 二の腕の柔らかさ。 突然、俺の横で彼女がため息をついた。 「どうしたの?」 「いや、なんでもない」 なんでもないと言いながら、サトさんはまたため息をつく。 今日は一ヶ月に一度のデートの日。先週公開になった映画を見たいというサトさんのリクエストで、サトさんの学校方面にある大型ショッピングセンターに来ていた。ここは映画館が隣接していることもあり、N駅を利用する学生の遊び場所となっている。だから知り合いに遭遇する確率も高いのだが。 「もしかして、さっきの奴らに何か言われた?」 本屋の前でクラスの奴らと鉢合わせして、散々からかわれた後に女子たちにサトさんを拉致られて、五分くらいフードコートで待たされた。帰ってきた時の彼女は普通の顔だったけど、もしかしたら何か嫌なことでも言われたのかもしれない。 「えっ、ううん、何も言われてないよ」 サトさんはいつもの笑顔で首を振った。じゃあ別の理由か。 長い通路の両側に並ぶ店にはもう夏物が置かれている。 「そろそろ夏休みか……」 呟くと、サトさんがびくりと体を震わせた。 「どうしたの?」 「いや、なんでもない」 俺はじっとサトさんを見つめる。ぎこちなく顔をそらした彼女の手を引っ張って脇道に置かれたベンチに座らせた。 「サトさん。何かあったなら言ってくれないと。俺、何かした?」 「ううん、ほんと、なんでもないから」 「なんでもないなら、俺の方見てよ」 おそるおそる上目遣いで俺の顔を見たサトさんは、ちょっと口を尖らせる。 「……怒ってる?」 「サトさんずっとため息ついてるから。楽しめないならもう帰る?」 サトさんは首を振った。 「ごめん、心配かけちゃったんだね」 「だよ。ほら、理由話してよ。俺にも何かできるかもしれないし」 「うー」 「サトさん」 「うー…はい。わかった」 一度下を向いて、もう一度俺の方を見たサトさんは俺の手をぎゅっと握る。 「あのね、」 「はい」 「……っ、うぅ……。あのね、ヨシ君はわたしをぎゅってするとき、いつも後ろからするじゃない」 「ああ、そうかも」 今気づいたというリアクションをとったが、もちろんわざとだ。 その理由は……。 「その……わたし結構骨ばってるから、抱き心地悪いのかなって。前に腕見た時細いって言ってたし」 「…………はぁ?」 思わずすっとんきょんな声を出してしまった。 「細いのって女の子にとってはいいことなんじゃないの?」 「……ヨシ君、二の腕の柔らかさって何と同じか知ってる?」 「は? 何それ」 「いや、知らないならいいの。……とにかく、そろそろ夏でしょ。暑いし露出増えるし、今年は忙しいから憂鬱なだけで。ほんと、ごめんね、大した理由じゃない……」 彼女の言葉を遮るようにその体を抱き締める。小柄で細身で柔らかい体が俺の鍛えているとは言えない腕の中に納まる。 「よ、ヨシ君……」 「……前からじゃなかったのは、サトさんの抱き心地が良過ぎるからなんだって」 真っ赤になったのを隠すように、俺はサトさんの肩に顔を埋めた。
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