● 恥ずかしさよりも愛しさを胸に。 改札口から入る前にラジオ講座の教材を買っていなかったことを思い出して、いつもは行かない東口の本屋に寄った。 俺がいつも利用するのは西口で、学校の傍には結構大きな百貨店があったりするから、あまりこちら側に来ることはない。 ここの本屋はビルの一階と二階にわかれていて、一階には雑誌や文庫などが並んでいる。二階にマンガの単行本やライトノベルが置かれているらしい。 入口付近の棚で目当てのテキストを手に取った俺は、雑誌の棚の前で真剣に悩んでいる女子高校生を見つけた。何気ない顔で彼女の傍に寄る。 この界隈では有名な私立高校の制服。肩までの髪を二つに結わえた、穏やかで大人びた顔をした女性。俺が、少し前から付き合ってる人。野崎里子さん。 彼女が見ていたのは、『ゴールデンウィークのおすすめデートスポット』という見出しの躍る有名な旅行雑誌だった。悩む彼女の横顔を可愛いなぁと思いながら見ていると、彼女がそっと手を伸ばした。雑誌に触れるその瞬間を狙って口を開く。 「サトさん、旅行行きたいの?」 想像以上に驚いた彼女は飛び上がって後ずさり、後ろの棚にぶつかる前にその腕を引いて抱き寄せた。 「ヨ、ヨシ君?!」 「驚き過ぎだって。どうしたの、こんな遅くまで」 時計を見ると、六時半を過ぎている。部活には所属していないサトさんは、いつも五時台の電車に乗って帰る。 「あ、うん。図書委員の友達を待ってたら遅くなっちゃって」 「ふぅん」 サトさんの腕にはコンビニで買ったビニール傘が掛かっている。今日雨が降っていたのは四時から五時半の間だけ。朝会った時、今日の帰りが六時頃になるという話もした。 待っててくれたんだ。嬉しくて彼女をぎゅっと抱き締める。 「ちょ、ちょっとヨシ君っ」 「そろそろ電車くるから、もう行こう。ちょっと待ってて、これ買ってくる」 小柄な体を離してレジへ向かうと、店員がにやにやと笑いながら俺らを見ていた。 人前で彼女に触れるのが恥ずかしくないわけじゃない。 でも、一つ年上なのにいつも可愛い反応を返してくれるサトさんの真っ赤な、でも嬉しそうな顔を見たくて。 いつも一緒にいられるわけじゃないから、傍にいられる時はできるだけ彼女の近くにいたい。 「でもなんでゴールデンウィークなの? 次の週末でもいいじゃん」 電車に乗ってから訊いてみると、サトさんは顔を真っ赤にして、小さな声で白状した。 「週末だと、予備校があるし。その……あの……一日だけ、でしょ?」 体が石になったかと思った。サトさんはしっかりしているようで、実は結構天然だ。 大丈夫。わかってる。彼女は何も考えてないだけ。 「……サトさん。しょうがないよ。俺だって部活があるし。サトさんだって、受験生なんだから忙しいの当たり前だし」 「うん。でも、もっと会えたらなって思って。ゴールデンウィークはね、結構余裕があるの。ヨシ君の予定が合えば、三日ぐらい会えるよ」 嬉しそうに笑うサトさんに、胸がぎゅっと苦しくなった。運動部に入っているとはいえ、同じ学校であればもっと会う機会もあったはずなのに、俺と彼女の学校とは徒歩で一時間近くの距離がある。会えるのは電車の中と、駅のプラットホームで電車を待つ間だけ。予定が合えば電車で待ち合わせをしてどこかへ遊びに行ったりはするけど、それも一ヶ月に一回程度だ。 最初、サトさんが二つ年上だと思っていた俺は、もし付き合えたとしてもあまり会えないだろうなと予想はしていた。でも彼女が一つ年上で、こうやって会えるようになってからは、多少の無理をしてもサトさんに会いたくなった。 ゴールデンウィークにも試合が入っていた気がするけど、空いてる日がないわけじゃない。 「あのね、ヨシ君が嫌じゃなければなんだけど、行きたいところがあるんだ」 「どこ?」 「んー、定番なんだけど……」 サトさんは有名な遊園地の名前を出した。ここからならそう遠い場所でもない。 「うん、いいよ、行こう。ゴールデンウィーク、確か真ん中ぐらいに空いてる日があったから、その日にでも」 「やったぁ!」 喜ぶ彼女の手を優しく握り締めて、揺れる電車の中、俺は幸せを噛み締めた。
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