● 気が付きたくないこと。 気がつきたくないこと。 わたしが泣き虫だということ。 気がつきたくなかったこと。 ……彼が抱きつき魔だということ。 「サートさんっ」 「うわぁっ!」 人気のないプラットホームで一人電車を待っていたわたしに背後から抱きついたのは、わたしが少し前から付き合ってる人。河村良仁君。彼は同じ駅を利用する県立高校の生徒で、わたしは私立高校だから、平日に会えるのは朝のちょっとの時間と、帰りが同じ時間になった時だけ。どちらの学校も携帯の所持を禁じているから、連絡を取り合う手段は家の電話かパソコンというちょっと時代遅れな方法しかない。 でも、こうやって会える時間が貴重だと思えることが、この想いを深くしてくれているような気がする。 「ヨシ君。今日は部活無いの?」 ヨシ君は一つ年下の二年生で、サッカー部に所属してる。 「うん、もうテスト期間だから。サトさんの学校は?」 「あー、来週の火曜日からかな」 「じゃぁ、その間は一緒に帰れるね」 嬉しそうな笑顔になってぎゅっとわたしを抱き締める背の高い彼を見上げ、わたしはちょっと苦笑した。 今年の卒業式、先輩との名残を惜しみつつ、この駅に立ったわたしに声を掛けてきたのはヨシ君の方だった。 背が高くて細身で、愛嬌のある顔。時々駅で見かけるたび、女の子にモテるんだろうなと思っていたから、最初はからかわれているのかと思って返事ができなかった。 でも、彼が必死に連絡先を訊いてくるので思わず教えてしまったのだ。フリーメールだし、何かあった時には削除してしまえばいいのだ。そう思って。 家に帰ると想いを書き連ねたメールが届いて驚いた。ずっと気になっていたけれど声を掛ける勇気がなかったこと。今日はずっとあの駅で待っているつもりだったこと。そして、良かったらメル友になって欲しいということ。 どうやら彼はわたしが三年生だと思っていたようだ。他校がリボンの色で学年を分けるのに対し、わたしの学校は学年色は決まっているものの、三色のリボンを自分で選べるようになっている。どこからか三年の学年色が青だという話を聞き、青色のリボンをしているわたしを三年生だと思い込んだらしい。 翌日、いつもの駅で待っていた彼に返事をして、お付き合いが始まったのでした。 「ヨシ君てさ」 「うん?」 体を離してくれたヨシ君は、わたしの手を握ってにこにこしている。 「どうしてわたしに声を掛けてくれたの?」 「……えー、言わなきゃダメ?」 「無理しなくてもいいけど……気になるもの」 うーん、と顔を赤くして下を向いた彼は、辺りを見回して誰もいないことを確認してから耳元でそっと囁いた。 「去年、夕方に天気雨が降った日。夕日に雨が照らされて、すごく綺麗だった。見惚れてたんだけど、ちょうど電車が来たからそっちを見たら、女の子がいて。その子の頬を涙がすぅっと流れ落ちたんだよね。それがとても綺麗で、忘れられなかったんだ」 思わず下を向いたわたしに、彼は「うぁー、恥ずかしい」と顔を背けた。 「友達に、さ。その話をしたら大爆笑されて。『さすが文学少年』とか言われてさ、サトさんと付き合うようになってからも散々からかわれた」 「うわぁ……見られてたなんて……恥ずかしい……」 「あーもー、この話終わり終わり! ほら、電車も来たし」 いつも乗る緑色の電車が踏み切りの音に合わせてホームへ入ってくる。彼の降りる駅は二駅先。それまでの三十分だけが、一緒にいられる時間。 「サトさん、古文でわからないところあるんだ。ちょっと教えてよ」 くったくのない笑顔で言われ、つられてわたしも笑う。 「うん。いーよ」 ドアが開いて乗り込むのは、わたしの降りる場所に合わせて一番前の車両。 車掌さんが降りる前にヨシ君はそっと呟いた。 「感激屋のサトさんが、好きなんだ」 その後電車が発車するまで十分弱の間、わたしたちは真っ赤になってただ窓の外の景色を見ていた。
copyright(c)Choco Lemon All rights reserved.
|
|||