[肩を並べて In Spring //1]
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「いやはや、参った」
赤いリボンタイを緩めながら、ボーイッシュな女生徒が大きく息をついた。
入学式が終わり、担任が来るのを待っている間、教室の外を通る女子生徒たちがそろって自分の顔を舐めるように見ていくのだ。確かに自分はそれなりに有名人ではある。しかし、半数以上の者が制服を見て落胆した顔をするのはどういうことだろう。
「相変わらずだね、明」
中学からの親友、橋立悠那(はしだて・ひさな)がくすりと笑いながら明のほおをつついた。
「彼氏ができてからはやっかみの方が多くなったんじゃないかって心配してたけど、全然そんなことないんだもの。ほんと、同性にモテるよねぇ」
「……。ほっといて」
去年の夏。小笠原明(おがさわら・あき)はひょんなことから水島瑪瑙(みずしま・めのう)と知り合い、メノウの学校で催される文化祭の出し物、『男女逆転人魚姫』に王子役として出演した。その後、半ば強引にデートに誘われたり、後輩に告白されたメノウが「小笠原明と付き合っている」と言った為、その少女から逆恨みされたりといつの間にやら『彼女』ということになってしまっているが、アキにはあまり自覚がない。
大体、向こうもかなりの有名人だし、女の子らしい女の子と付き合えばよかったのに。
はっ、今まで考えないようにしてきたが、もしかしてアイツには……。
「男色の気があるのか……?!」
「アキ……考えが全部声に出てるから。つーか、メノウ君かわいそう」
大体、アキだってそんなに男っぽい顔ではないのに。 苦笑いしたヒサナは教室の入り口で起こったどよめきに振り返った。
「噂をすれば……」
「アキいる?」
すらりとして均整の取れた体躯の男子がアキを嬉しそうに見ている。
「水島」
出会った頃は同じくらいだった身長も今では180センチを超え、目を合わせるには上を向かなければならない。少々悔しさを感じながらアキはメノウの前に立つ。
「どした?」
「今日一緒に帰れる?」
「多分、平気だと思うけど」
「じゃ、昇降口で待ってるから」
返事も聞かずに「じゃね」と去っていくメノウを見送ったアキを、クラスメイトたちが取り囲んだ。
「何、アキってあの水島瑪瑙と知り合いなの?!」
「え、まぁ……」
そう言えばクラスメイトにはあまり知られていなかったような気もする。
昨年の夏期大会で100M走大会新記録を打ち立てた小笠原明と、50M自由型三年連続一位を達成した水島瑪瑙は、地元の新聞の一面を飾ったほど注目されている選手だ。特にメノウはそのルックスで、徐々に女の子のファンが付き始めている。アキのほうも女の子のファンが増えているのだが、本人はあえて気づいていないふりをしている。単に認めたくないだけかもしれないが。
「結構前から付き合ってるんだよ、この二人」
ヒサナはバッグのポケットから取り出した棒付きチョコレートを舐めながら、淡々と爆弾を落とした。
「「嘘!」」
ぐりゅん、と擬音がつきそうな勢いでこちらを向いた女子たちに、内心おののきながら、ヒサナは手をぱたぱたと振る。
「いや、こんなことで嘘ついても仕方ないから」
「き、気づかなかった……」
「だって、放課後とか部活終わって帰るまで張ってたことあるけど、そんな素振り全然見せなかったし!」
「……そんなことまでしてたの」
ヒサナは頭を抱える。アキもちょっと困ったような顔をした。
「放課後はボクも練習あるから、待ち合わせとかしないんだ。それに、付き合ってるって言っても、別に時々会ったりするだけだし」
「あのねぇ、アキ。たったそれだけのことをする為に、どれだけの女の子が水島君にアピってると思ってるの?」
「う……」
言葉に詰まったアキを、突如現れた黒い学ランに包まれた腕がぎゅっと抱き締めた。
「なっ!」
「あんまりいじめないであげて。オレがどうしてもって頼んで付き合ってもらってるんだから」
にっこり笑って言うメノウに、1-G全員と野次馬がどよめく。
「メノウ君……あなた変わらないねぇ」
彼の小学校時代を知るヒサナは、棒を口に咥えたまま苦笑いした。
2007.08.22
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