● エピローグ プラットホームに入ってきたリニアが停止すると、ホーム柵とドアが開いた。そこから降りてきた一人の女性が、小型のスーツケースを持ちあげてヒールの音を響かせながら階段を上っていく。その後ろに大きめのスーツケースを持った男性が続く。二人ともまだ二十代前半といったところで、改札を通るのに使うカードには「通勤」ではなく「通学」と書かれている。男性よりも先にエレベーターにたどり着いた女性は、△のボタンを押して男性を振り返った。 「よかった、一限に間に合いそう。ヨシ君は今日は授業なし?」 「自分のはないけどTA(アシスタント)の授業が二限にあるから準備しないと……サトさん今日は何時に帰れそう? 遅くなるようだったら俺が夕飯の用意しとくけど」 「助かる! でもヨシ君夜ミーティングあるって言ってなかった?」 「開始七時からだから、それまで時間あるんだ。買い出しして作っとくよ。帰り九時過ぎちゃうから先食べててもいいよ」 「ううん、待ってる」 二人は狭いエレベーターで地下にある駅から地上へ上がると、待たせていたタクシーで目的地へ向かった。木々の間を通る道を北上していくと、森の中に背の高い建物群が見えてくる。 「ミーティングって、例の新入生の話?」 「うん。ちょっと話したよね、目が見えないらしいんだけど、普通の学校に通ってて、俺の学部に入学を希望してる高校生って。で、とりあえず今日は本人も含めて話し合おうってことになったらしい」 「研究発表会の次の日に設定するとか……絶対あの教授わたしたちが帰るの一日延ばそうとしてたのに気づいてたよね」 「自分が離婚したばかりだからって学生の新婚旅行を邪魔し続けるあのしつこさは一体どこからくるんだか……」 やれやれ、と二人は顔を見合わせて苦笑した。二人の左手薬指には揃いの指輪があり、女性が鞄から取り出して首にかけた名札には「大学院前期課程・河村里子」と書かれていた。 番号が振られた一つの建物の前で車が止まり、男性と荷物が降ろされる。 「じゃ、よろしくね」 「うん。いってらっしゃい」 ぎゅっとお互いの手を握って微笑みあう二人から、タクシーの運転手は礼儀正しく視線をそらしたため、再び乗り込んだ女性の頬が上気している理由は推測するしかない。 「すみません、では大学中央バス停までお願いします」 滑るように走りだしたタクシーは森の中にある大学のキャンパスへ吸い込まれていった。
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