人魚姫と王子様・後編

 自転車をこぎながら、明は先程の会話を思い出していた。
「こうしようぜ。オレが県大会優勝の速見ってやつより速く泳いで優勝したら、オレの勝ち。もし、速見の方が優勝したら、小笠原の勝ち。おまえが勝ったら、オレは何でもいう事聞く。オレが勝ったら、おまえのキスをもらう。
 確率的には五分五分だし、ま、こうしてるのも何かの縁だ。賭けて見てもいいだろ?」
 まさか男にせまられるとは。
 明はどんよりした空気を纏いながら家に帰る。
 今まででも何度か、女子にせまられた事はある。そういう時にはちゃんと、丁重にお断りしてきたが、ああいう状況には慣れていなかった。無意識のうちに頷いていたらしい。
 困った事になったものだ。
「ただいま」
 土曜日は誰もいない。サービス業というものは休日が稼ぎ時だ、というのが両親の口癖である。今年二十歳になる姉は両親の手伝いと称して、アルバイトの青年に近付こうとしているようだ。今日は明も夕方には店に行く事になっている。どうせまた、明にスーツでも着せて客寄せをさせるつもりなのだろう。
 明の身長は百七十センチ近くある。姉も百六十五だが、静かにしていれば小柄で清楚なお嬢さんに見えるらしい。その姉と明が並んで立つと、似合いのカップルの出来上がりだ。顔は良く似ているので、恋人同志に間違えられた事は無いが、二人が並んで客を呼び込み始めると、若い男女が集まってくる。両親にとっては実に親孝行な子供達だ。
 しかし明は客引きが嫌いだった。容姿についてはコンプレックスだし、何よりアルバイト料が貰えないのだ。中学三年生は義務教育中。労働基準法により、十五歳でも給料は貰えない。
 シャワーを浴びてTシャツとジーンズに着替えると、ラップのかかった肉まんをレンジにかけた。昨日の夕食のおかず、青椒牛肉絲(チンジャオロース)を具にした特製肉まんだ。ピーマン嫌いの明にとっては地獄に等しい。
「……腹減った」
 仕方が無いので、水で流し込むようにして食べる。悪い事は立て続けに起こるようになっているらしい、と明は溜息をついた。
 両手拳大ほどの肉まんが五つ、明の胃に吸い込まれたところで電話が鳴った。両親からの電話だろうと思い、立ち上がると水の入ったコップを倒してしまう。
 つくづく今日はついてない。
「……はいもしもし、小笠原です」
「あ、明? ちょっとあんたこっち来なさい。今出れば丁度開店に間に合うから。早く来なさいね」
 姉の声が一方的に流れた後、がちゃりと電話が切られる音がした。コールは三回、会話は三十秒。電話代は、何銭単位。
 明は鍵と財布を掴み、急いで家を出た。姉が電話を寄越すという事は、家族最強の母親が呼んでいるという事だ。一秒でも遅れたら、店の大型冷蔵庫に閉じ込められる。
 自転車を飛ばして約十五分。駅前商店街の裏側に立ち並ぶ居酒屋の中にひっそりと存在する「喫茶・姫百合」。明の両親がオーナーを務める軽食店だ。この名前には、母の強さを物語るエピソードがある。母親は姫百合が大好きで、カフェに姫百合と名前をつけようと考えていたらしい。姫百合の英名を何処からか仕入れて来て、「スターリリィ」にしようと父親に迫った。あまりにも店の雰囲気に合わなかった為、父親が一生懸命に反対すると、離婚届を付きつけられたという。顔色を無くした父親が何とか交渉し、折衷案として「姫百合」に決まったそうだ。
「来たよ」
 入り口から入ると、ドアベルがからん、と綺麗な音を立てる。すぐに目に入るのはカウンター席の女性客と、テーブル席に座っていた何組かのカップル。明が店の中に入ってくると、全ての女性達は一斉にこちらを向いた。
「あ、アキラ君v 今日もお店お手伝いなのねっ! じゃあ追加オーダーしちゃおうかな!」
 カウンター席にいた、常連の女性客が歓声をあげる。カップルの女性達も、明を見たまま動かない。その視線を浴びる本人は、にっこりと笑って厨房に引っ込んだ。客の様子はいつもと同じだからあまり気にしないようにしている。
「アキラ、早く着替えて」
 姉は用意されていた白のシャツと黒いベスト、同じ色のスラックスを明に着せた。姉の方はいわゆるメイド服のような制服を着ている。ヘッドドレスが無いだけマシだ、と明に笑って言ったこともあった。
「アキラ君、これあの席に運んでくれ」
 明が着替え終わると丁度、姉の真貴が一目ぼれしたという高岡が声を上げる。
「はい」
 テーブル席の男女に、おすすめメニューの「スターリリィ」というパフェを運んで行くと、男性の方がぽかん、と口を開けた。明は微笑んだままパフェをテーブルクロスに乗せる。
「お待たせしました。「スターリリィ」でございます」
 女性はパフェを見、ほう、と嘆息し、男性は頭を抱えた。女性はちらりと明を見やる。
「ねぇ、あなた「アキラ」っていうの?」
「……ここではそう呼ばれていますが」
「ふぅん……お水のおかわり頂けるかしら」
「はい。ただいまお持ちします」
 一礼し、厨房の方へ戻って水差しを持った。ふう、と息をつく。何処かで見た事がある二人組だ。多分、地域新聞の記者だろう。自惚れている訳ではないが、明は地元では結構有名で、何度か地域新聞に載ったこともある。この店に記者が尋ねて来たりした事もあった。
 しかし妙だ。なぜ名前など訊かれたのだろう。カフェの制服を着ているがアルバイトをしているわけではないし、問題を起こした覚えも無い。問題と言えば……メノウと賭けをしただけだし。
 空になったコップに氷と水を注ぎ、また一礼してそのテーブルを離れた。他の客のコップはまだ空いていない。厨房の方へ戻ると、真貴が襟ぐりを引っ掴み、奥へと引きずり込んだ。
「何すんだよっ!」
「ちょっとアキラ、あの人達と何話してたの?」
「名前について訊かれたんだよっ、「アキラ」って名前なのかって言われた」
 正直に答えるとあっさり開放される。明は軽く咳き込んだ。
「そう、良かった。……いい、あの人達には絶対近づいちゃダメよ。ま、あんたがモデルやりたいって言うんなら別だけど」
「モデル?!」
「あの人達スカウトマンなの。前にもここに来てたんだけど、あんたを見る為に1時間以上水一杯で粘られたから、帰って頂いたの」
 どのように帰って頂いたのか、考えるだけでも恐ろしい。それにも懲りずにやって来たのかと明は脱力した。命が惜しくないのだろうか。
「だからね、拉致られないように気をつけなさいよ。知らないうちに書類にサインさせられてたとかいう事になったら嫌でしょ」
「分かった」
 日が落ちて大分客が減ると、お母様から出動要請のお声が掛かった。真貴と明は揃ってゴミを出しに表へ出る。
 外は思ったよりも明るい。人通りもまばらな通りにはぼんやりとした街灯が良く似合う。
「今日はこんなもんかな」
 数分前に例の二人組が帰ったからか、機嫌が良くなった真貴は、猫のように伸びをした。
「……ねぇ、明。あんた、何か悩み事あるでしょ。話してみなさい」
 何で分かるんだろう。昔から明が何か考え事をしていると、真貴はすぐに当ててしまう。はぐらかそうとしても、真貴は狙った獲物は逃がさない。まるで野生の猫のような人だ。
「……実は、初対面の男子と水泳の試合にボクのキスを賭ける事になったんだ」
「あらそう! 良かったじゃない。ずっと心配してたの。もしかしたら、女の子にしかもてない体質なのかもって、ずーっと考えてたくらい」
 姉さん、それはひどいよ……。藍色の空を仰ぐ。
「でも、どういう賭けなの? 自分を安売りしてはダメだからね」
 明は事の次第を真貴に話した。やはり、姉には敵わない。
「ふーん? 良いんじゃない? 中学の水泳大会ねぇ。あら、来週の木曜日。あんたの予選の日だわ」
「え゛」
 そして、この店の定休日でもある。
「私が賭けの結果を見ておいてあげるから、がんばるのよ。ア・キ・ラ」
「……」
 本当に、今日はつくづくついてない。


 木曜日。明は夕が丘中央運動公園で、ウォーミングアップをし始めた。
「明〜! ア・キ・ちゃん〜!」
「あ! ミトン! 来てくれたの?!」
 織鶸美遠。難しい苗字の為、クラスメイトから「ミトン」と呼ばれる少女が、はにかみながら明に駆け寄って来た。
「もっちろん! 今日は部活も無いし、明のファンとしては応援しないとね!」
 ミトンは、知名度の低い手芸部に所属している。ミトンが入部するまでは、文化祭にも参加していなかったのだが、ミトンの頑張りにより、洋服をリメイクした作品を展示するようになった。
「あれ、明。ゼッケンの紐が取れかかってるよ。良かったら直そうか」
「あ、ほんとだ。時間もまだ大丈夫だし、お願いしても良い?」
「任せて!」
 てきぱきとした動作で背中にしょっていたリュックサックを降ろし、中から裁縫道具を取り出すミトン。明のゼッケンの縫い目を観察し、それを真似て細かく縫い始めた。
「うわー。すごいね」
「こういうの好きだから。視力悪いのにって、お母さんに怒られるけどね」
 五分ほどで紐はしっかりと縫い付けられた。
「ありがとう!」
「どういたしまして。じゃあ、客席の方で応援してるね! 頑張って。これが地元での中学最後の走りなんでしょ」
「うん。一生懸命走るよ」
 ゼッケンをつけ直し、にっこりと笑う。と、大声で名前を呼ばれた。
「小笠原明さんっ! 貴方だったのね。あのお店の「アキラ」って子! なんで言ってくれなかったのよっ」
「あ……スカウトさんだ」
「スカウトさん?」
 スーツを着て大声をあげている場違いなポニーテールの女性を見、きょとん、とミトンは首を傾げる。
「なんか、うちの店でボクの事を待ち伏せしてたんだって」
「えー、それってストーカーじゃないの? 怖いね」
「そこのお嬢さんっ! ストーカーじゃないわよ。私はジュニア向けの雑誌編集者をしているのっ! 変質者と同じにしないで!」
「でも、やってる事はあまり変わらないようにお見受けしますが……?」
「ばっかな事言わないで! 私はっ、仕事をしているの!」
 黄色い百均メガホンを口に当てた変なオバさんが、お姉ちゃんに怒鳴ってる〜。
 小学生の通報により、スカウトさんは屈強な男性に担がれ、場外に運び出された。
「行っちゃったね。良かった〜」
「……うん」
 気を取り直して、ストレッチを開始する。筋肉が伸ばされ、だんだん身体が熱くなってくる。
 あいつ、どうしてるかな。姉さんに虐められてたりして……。
 その頃丁度、メノウも同じ事を考えていた。
 明、どうしてるかな。賭け、忘れてないだろうな……。
「水島 瑪瑙(めのう)君。コースへ移動してください」
「小笠原 明(あき)さん。スタート地点へついてください」
「「……はい」」

「「位置について、用意……」」
 ぱあんっ!

 何も音が聞こえない。ただ、聞こえるのは風の音。
 まぶたの裏をかすめるは、波間を揺れる光。

 わあっ……

「すごいよ明ちゃんっ! 新記録だって!」
「おめでとう小笠原。県大会進出だ」
「あ〜あ、まだ引退できないよ〜ぅ?」
「こらっ!」

 メノウが倒れたという話を聞いたのは、次の日の朝だった。


「……外反母趾が予想以上に悪化してたらしくて。泳ぎ終わって控え席に行ったら、そのまま倒れちゃったのよ。……あの子ったら、あなただけには結果を知らせなきゃいけないからって電話かけたのよ」
 電話の向こうは店なのだろう。元気な話し声が受話器から漏れている。それに比べ、こちらは病院特有の話し声が廊下を通って行った。声を潜め、辺りに響かぬようにと交わされる会話。昔からあの家ではBGMのように流れていた。聞こえるか聞こえないかぐらいの音量。でも、何故か耳に響いてくる雑音。
『あの子にはピアノをやらせる事は出来ないのですか?』
『ええ。指が元々少し反っているんですよ。趣味で弾く分には問題無いでしょうが、ピアニストとなると……』
『そんなっ! それじゃ、あの子を産んだ意味がありませんわ。処分してください』
『ち、ちょっと奥様?!』
『ピアノを弾けない子供なんて要りませんわ!』
 診察室から漏れてくる声。聞こえないだろうと思っていたのだろう、待合室へ自分を連れて来た主治医が恨めしかった。
 ぼくはいらないの……?
 『要らない』。その言葉にうなされて、眠れない日々が続いた。
 でも、小学校の時に始めた水泳が彼を救った。めきめきと上達して行くメノウを見て、母親は彼を自分の子供だと少しづつ認め始めたのだ。
 オレは『指』に悩まされてばっかりだな。
 メノウはベッドに横になったまま、静かに苦笑する。
「瑪瑙、小笠原さんよ」
「ありがとうございます、お母様」
 頭を下げてから、携帯を受け取った。
「もしもし、小笠原?」
「メノウ? どうだった?」
「もちろん、一着だった」
 心配そうな声が受話器から聞こえる。訳もなく安堵して、メノウは言った。
「悪ィ、この通り入院する事になっちゃったし。賭けの方はまた今度」
「ちょっと、メ……」
 ピッ
「電話、切ってしまって良いの? 瑪瑙」
「良いんです。また何時か会える時で。それよりお母様……」
 つい、と窓の外を見やってから、メノウは薄く笑う。
「学園祭って、何時でしたっけ」

「あーあ」
 メノウから最後の連絡があってから一ヶ月。夏休み真っ盛りの水島邸には、大きな向日葵が咲いている。
 あれから明は毎日のようにメノウの家の前を通っていた。
「今日もいないのか……あれ?」
 昨日までは何も変わった事は無かったのだが、今日は黒い門に張り紙がある。
「何だろ、これ……」
 B5のルーズリーフに、太い油性のマジックペンで、書き殴ったような文字が並んでいた。

「小笠原明に告ぐ! 賭けの決着をつけたし。以下の日時に最初にオレ達が出会った場所へ来る事。めかし込んで来る事をおすすめするゾ。」

「……って、今日の日付じゃない!」
 急いで家に戻ると、姉がなにやら嬉しそうな顔をして明を待っていた。
「さーこの十五年間、ずーっと夢見て来た事を実行する時が来たわ! やらせなさいね、明!」
「え、あの、ちょっとー、てうわっ!」
 プールサイドで挨拶を交わした姉の方には、話がついていたらしい。問答無用でなにやらフリフリのワンピースを着せられた。足元は姉のミュールとアンクレット、短い髪はラメのピンでとめてある。
「お! さすが私の妹。なかなか様になってるじゃない?」
「何だよこれ! ボクはスースーするからスカートは嫌いなんだよっ!」
「今日一日ぐらいは良いでしょ。それから、「ボク」じゃなくて「私」。男の子と会うのに、これ位しなくてどうするの。ホントはチークとかグロスとかやるんだけど、嫌でしょ? この辺が妥協点ね」
「……妥協してないんだけど」
「何か言った? 明ちゃん」
「…………何にも言って無いです」
 真貴はにっこりと胸を張って笑った。
「行ってらっしゃい。ナンパにはくれぐれも気をつけるのよ〜」
 スカートのまま自転車に乗るわけにもいかず、明は走って中学へ向かう。足を上げるとスカートが破けそうなので小走りだったが、それでも充分早い。ミュールだというのに走りにくそうなところも無く、順調な走りだ。
 一分ほどであの中学校に着いた。明は急いでプールサイドへ出る。あの日と同じ、太陽の日差しが肌を刺した。
「遅い」
 放たれた言葉に、彼女は振り向きながら返す。
「何だよ、折角人が走って来たっていうのに、そ……」
 振り向いた先は屋根のあるベンチ。グラウンドのスタンドに似ているとぼんやり思いながら、そこに座っている少年の顔を見た。
「さーて、「そ」の続きは何かな? ア・キ・ちゃん」
「……の馬鹿やろーっ!」
「ん?」
 メノウが楽しそうに訊き直す。
「そこのベンチに座ってる、水島瑪瑙の馬鹿やろーっ! ……って言ったんだよっ、ボケ」
「あっ、ボケはないだろボケは」
「うるせー、今日の今日に決める事無いだろっ、姉ちゃんにはこんなカッコさせられるし、自転車乗れないから走らなきゃならないしっ!」
「全部オレの所為にするなよ、小笠原」
 逆ギレを起こした彼女を呆れたように見たメノウに、明は全体重をかけて倒れ込んだ。
「うわっ」
「…………心配したんだからな」
 くぐもった声がメノウの胸の辺りで聞こえる。
「心配したんだ! 馬鹿!」
「一応怪我人だったんだぞ。それはないだろがおい! おが……」

 唇に柔らかな感触。それが彼女が賭けた賭け物だというのが悲しかったけれど。
 賭け事なんてしなきゃ良かった。そうすれば、素直に想いを伝えられたかもしれないのに。

 明はふ、とメノウから離れた。
「……これで良いよね。じゃ……」
 手が伸ばされる。
 日焼けした細い手首が掴まれる。
 長身が少年の腕に抱き締められる。

「好きだ。……って言ったら、信じてくれる?」

 陸の王子様が何処かへ行ってしまったら、人魚姫はもう会えないから。手を伸ばして捕まえなくては。
 真貴がセットした髪の毛が、メノウの右手で掻き散らされてくしゃくしゃになった。
「ずっと、二年前から気になってた。おまえが走るのを見てから、ずっと心の中に残ってた」
「な……んだよそれっ! そんな事急に言い出すなよっ」
「今じゃなきゃ何時言うんだよ」
「っつうか放せ! ファーストキス、くれてやったんだから良いだろ!」
「ダメだよ〜」
 ぎゅっと抱き締め直して、メノウは真面目な顔で問いかける。
「おまえは、どう? オレの事、嫌い?」
「……別に嫌いじゃないけど、暑い。放せ」
「んじゃ、文化祭出てくれない?」
「…………は?」
 ゆっくりと身体を離して、嬉しそうに彼はけらけらと笑った。
「男女反転人魚姫やる事になったんだけどさ。オレと背丈的に釣り合うやつがいなくて。悪いけど王子様役やってよ」
「……それを言う為に呼び出したのか?」
「いや、告白しようと思ったんだけど。 あれ、なんか怒ってる?」
「賭けをしようなんて言ってボクにキスさせて、その上王子様役?! ふざけんなよっ!」
「女子達もおまえが良いって言うしさ。オレとしても、好きな人が相手役だと嬉しいかな、なんて」
 みるみるうちに明の顔が赤く染まった。
「そんな恥ずかしい事フツーの顔で言うな!」
「オレとしてはとっても勇気が要る事なんだけど? で、どうかな」
 すう、と静かな息遣いが漏れる。その小さな唇から出るのは、どんな言葉だろう。
 二人共、その言葉に微かな期待を込めた。
 瑪瑙は彼女が好意を示してくれる事を。明は彼がこの気持ちを真っ直ぐに受け止めてくれる事を。
「……いいよ。キミとなら、もう少し傍にいても面白いかも」
「そう? じゃ、かき氷でも食べに行かない?」
 夏の風がスカートの裾を揺らして、真っ赤な夕日が二人の繋いだ手を照らし出して……。
 夏と言えば、蝉が鳴いて五月蝿くて、かき氷を食べながら微笑むものである。

END.
2004.07.22 (2008.04.07改訂)

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(photo : 'pure)

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