[肩を並べて In Spring //番外編]
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たこ焼きと君の笑顔
K線夕が丘駅周辺は昔ながらの小さな店やテナントビル、シティホテルなどが並び、駅前ということもあって人が絶えない。夕が丘高校の制服を着た学生も多くいる。
明日何も言われないといいけど、と思いつつヒサナはこっそり隣を歩く男子を見上げた。身長が180センチに達したメノウと大差ない長身、黒くてまっすぐな髪、きりりと涼やかな目元。可愛いというよりかっこいい外見はもうすでに華道部の先輩方にも目をつけられているし、一度茶道部を見学に来た時は付中生までもがちらちらと彼を気にしていた。二枚目と言うほどではない彼が人を惹きつけるのはその身のこなし。背筋を伸ばして赤い毛氈の上に正座するタカオの姿にヒサナも一瞬目を奪われた。
「ヒサナ」
呼ばれて目をそらすと、たこ焼き屋の中ではなく外に向いたレジを指差す。
「混んでるみたいだから別の場所で食べよう」
「別の場所?」
「うん。屋外なんだけど、いい?」
ヒサナはうなずいた。今更、人に見られたくないなんて言えなかった。
小学四年生の頃からヒサナの両親はヒサナに夕が丘付属への進学を勧めるようになった。学校での素行もよく、学習塾でもトップクラスの成績を修めていたヒサナは気持ちさえ固まれば十分合格圏内だったが、ヒサナには親友と呼べる友人がいた。
「早苗ちゃんと離れるのはいや」
五年生になっても嫌がる娘に、両親は半ば受験を諦めていたが、六年生の一学期に事件は起こった。
「ぼく、ヒサナちゃんのことが好きなんだ」
水島瑪瑙と本田貴雄はいつも学級委員を任されるほどの人気者で、そのタカオに告白されたというだけでなくその想いに応えなかったことでヒサナはいじめにあうようになった。最初はクラスの女子から。徐々に下級生からも嫌がらせを受けるようになり、先生からも問題児の烙印を押された。
六年生の三学期、ヒサナはほとんど登校していない。
たこ焼きを一種類ずつ買い、タカオが向かったのは南口を出てすぐの広場だった。日時計のオブジェの近くにはベンチがいくつも置かれていて、お年寄りやスーツ姿の中年男性が座っている。
「西口の向こうの公園でも良かったんだけど、あそこはカップルが多いから」
開かれた場所で人通りは多いのに、立ち止まり辺りを見回す人はいない。えびマヨを頬張り、ヒサナは時計を見た。
「十七時三十六分の電車で帰るから。というか、本田君も明日見駅でしょ、地元で良かったんじゃ」
「だって、たこ焼きが食べたかったんだもん」
そう言うとタカオはヒサナの口の横についたマヨネーズを指ですくい取って舐める。見つめる目から逃れるようにヒサナは目をそらした。
「……だもんって何よ、だもんって……」
「こうやって放課後デートするのが夢だったんだ」
「いや、デートじゃないから。……放課後デート、しなかったの?」
「彼女いたことないし。好きになった女の子は二人だけ」
他にもいるのかとがっかりしてしまった自分に気づき、ヒサナは頬を染めて唇を噛んだ。
「妹と、橋立悠那。六歳の時に出会った二人の女の子が、今も変わらず俺にとって大切な女の子なんだ」
「シスコン」
「……どうとでも言ってくれ」
たこマヨを頬張って、鞄の中から取り出したペットボトルのお茶をごくりと飲んだタカオは、両手を組んでヒサナに向き直った。
「彼女になって欲しいなんて、今は言ってもだめだってわかってる。でもせめて友達になってよ。友達の友達でもいい。だから……俺のこと、避けないで」
「……避ける?」
ヒサナはえびマヨを容器に置いてタカオを見る。
「避けてなんかない。ただ、話すことがないだけで」
「廊下で会っても、あいさつもしてくれないじゃん」
「……そんなこと、ない」
「そう? ならいいんだ」
タカオはにっこり笑った。
「これから水曜日は一緒に帰ろうよ。同じ電車だし」
顔を赤くしたヒサナは無言でうなずく。
「……うん。たこ焼き無しなら」
Last up date : 2008.03.28
タイトル部分に「あんずもじ」を使用しています。
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