A scent of death
 ウツクシイ夢を見たんだ。
 誰かの焚き染めた香とか、倒れたびんからこぼれ出してテーブルをつたいカーペットに滴り落ちた香水の香りとか、もうどうでもいい。
 僕の上に乗っている人間とか。彼女が僕の持ち主で。彼女は僕をいたぶるのが好きで。僕がただの人形だってこと。どうだっていい。なんだってかまわない。
 三日月型に唇吊り上げて、優しく人間をかたわらに横たえて。そっと羽根布団をかけて。
 僕は白いシャツを着て。
「さよなら、ママ」
 玄関を飛び出す。

 ウツクシイ夢を見た。
 人形は夢を見ない。頭の中は人間と違って0と1と計算でできてて、もうとっくの昔に解析されてる。人形が考えることは全然不思議じゃなくて、絶対に予測できる。
 でも、人間に予測できないことを人形がすることもある。人形は、人間が作ったものの前に、神様に作られたものだから。多分、神様にも予測できないことを人間がすることもあるんだろう。神様は、神様を作ったものに頭が上がらないに違いない。
 ともかく。予測できないことを人形が考える時――それはたいてい、バグと呼ばれる。計算式のどこかにちいさな間違いがあって、今まではその場所を計算しないで動いていたから、予測できていたのだと人間は言う。だけどそれは違う。
 僕たちは生まれる時、神様から小さな贈り物を授かるんだ。

 ウツクシイ夢。
 それは夢という形で僕らにわかる。
 いつか、僕たちが消えなければならなくなった時、神様は夢という形で僕らに知らせてくれる。
 そう、それは神託。それは予言。それは……終末の香り。
 甘い、花のような、新茶のような、澄みきった風の匂い。
 僕たちは匂いを感じられないのに。その匂いはたしかに、今僕を導く。
 大広場の時計台の鐘の音。十二時の鐘はひそやかに鳴り響き、街の外れまで来た僕に時を告げた。
 さぁ、行くんだ。
 ――どこへ?
 行くべき場所へ。
 ――なぜ?
 終末を見るために。
 ――終末?
 運命だからね。

 ウツクシイ夢はドームの外を示した。生き物は存在できない、ウツクシイ荒野を。
 ――ウツクシイとはどんなものなのだろう。
 僕はゆっくりと扉を開ける。そこにはそう。


 ――ウツクシイ夢のようなシが広がっていた。

END.

2006.10.20


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